ボルナ・チョリッチ(Borna Coric)

ボルナ・チョリッチ(Borna Coric)は19歳。現在、ATP世界ランキング33位(2016年2月25日現在)でテニス強国クロアチアが誇るニューフェースです。コリッチの素晴らしさはその優れた守備力にあります。

2015年1月のチェンナイ・オープン(インド)開催中にチョリッチ自身がこのような発言をしています。

When I am at my best, I am more like [Novak] Djokovic game-wise. When I’m not, I’m more like [Andy] Murray.

私のプレーがいいときは、まるでノバク・ジョコビッチのようです。そうでないときは、アンディ・マリーのようです。

引用元:The Guardian

いいときの「ジョコビッチ」という表現はともかくとして、悪いときでもアンディ・マレーなみの守備力があると本人が言うほど、チョリッチ自身、自らの守備力に絶対の自信を持っていることが分かります。実際、悪い例として挙げられているマレーにしても、非常に高い守備力を誇っているのは周知の事実ですから、チョリッチの守備に関する自信は相当のものです。

I think my game is quite similar to Djokovic’s. I move well, I don’t miss many balls, I’m a fighter and my backhand is my best shot. Currently, I’m the best of my generation.

私のゲームは、ジョコビッチと非常によく似ていると思います。私はよく動くし、ミスもしない。ファイターだしベストショットはバックハンドです。現在、私は同世代の中でナンバーワンプレイヤーです。

引用元:The Guardian

とにもかくにも、現役最強のプレイヤーの名前を挙げて、自分の長所を並べるところなんて自信の塊です。さらに、最後の言葉なんて同世代で自分がナンバーワンであるというプライドがにじみ出ています。

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プロフィール

国籍クロアチア
生年月日1996.11.14
プロ転向年2013年
身長185cm
体重79kg
出身地ザグレブ
(クロアチア)
居住地ドバイ
(アラブ首長国連邦)
利き手右手
バックハンド両手打ち

1996年11月14日、クロアチアのザグレブで生まれたチョリッチは、5歳からテニスをはじめました。

来歴

2010年

ジュニアとしてキャリアをスタート。

2011年

2月、ITFフューチャーズ予選に出場、予選三回戦で6-1,6-0と惨敗し、ジュニアサーキットに専念する。

4月にモスタル(ボスニア・ヘルツェゴビナ)で開催されたMostar Open 18&U 2011(Grade 4:アウトドア・クレー)でジュニアシングルス初優勝。

6月にラ・マルサ(チュニジア)で開催されたTournoi International Junior de la Ville de La Marsa(Grade 3:アウトドア・クレー)シングルス優勝。

9月にノヴィ・サド(セルビア)で開催された13th Serbia Junior Open Novi Sad 2011(Grade 2:アウトドア・クレー)シングルス優勝。

2012年

 
全豪オープンジュニア初出場、二回戦まで進む。

2月はITFフューチャーズに出場、Croatia F1,Croatia F2(いずれも$10,000)に出場し、いずれも二回戦まで進む。

全仏オープンジュニアにも出場するも一回戦で敗退。その年のウィンブルドンジュニアは二回戦敗退。

8月にもITFフューチャーズに出場、Great Britain F14($10,000)を予選から勝ち抜き、二回戦まで進む。

その年の全米オープンジュニアにも参戦し、二回戦で敗退しました。

10月に大阪で開催された大阪市長杯 2012 世界スーパージュニアテニス選手権大会(Grade A:アウトドア・ハード)に出場し、シングルス準決勝でこの年の優勝者となるニック・キリオス(オーストラリア)と対戦、(5)6-7,2-6のストレート負けを喫しましたが、ダブルスで優勝を遂げました。

2012年はITFフューチャーズでのポイントが加算され、1308位でシーズンを終了しました。

2013年

年初の全豪オープンジュニアでは、三回戦でチョン・ヒャン(韓国)を7-6(6),6-4のストレートで破りましたが、準決勝でタナシ・コキナキス(オーストラリア)に3-6,2-6で破れました。

当時世界ランク1298位だったコリッチは、2月に地元ザグレブ(クロアチア)で開催されたPBZザグレブ・インドア(ATP250:インドア・ハード)の予選に出場し、予選二回戦まで進みました。また、次の週に開催されたITFフューチャーズのCroatia F1($10,000)にも出場し、こちらも二回戦まで進んでいます。次の週もITFフューチャーズ、Croatia F2($10,000)に出場しましたが、こちらは一回戦で敗退しています。

3月にサラワク州(マレーシア)で開催された21st Sarawak Chief Minister’s Cup(Grade 1:アウトドア・ハード)に出場し、単複同時優勝。

4月にはITFフューチャーズ、Great Britain F9($10,000)に出場し、ITFフューチャーズ初優勝を成し遂げました。

6月に開催された全仏オープンジュニアでは準決勝でこの年の優勝者となるChristian GARIN(チリ)に5-7,2-6のストレート負け、全英オープン(ウィンブルドン)ジュニアでは、準々決勝でチョン・ヒャン(韓国)に(5)6-7,3-6のストレートで破れました。

8月にはITFフューチャーズ、Turkey F32、Turkey F33(いずれも$10,000)でITFフューチャーズ二週連続優勝を果たし、その勢いのまま全米オープンジュニアに突入。準決勝でアレクサンダー・ズベレフ(ドイツ)に6-4,3-6,6-0のフルセット、決勝でタナシ・コキナキス(オーストラリア)に3-6,6-3,6-1のフルセットで勝ち、グランドスラムのジュニアタイトルを制覇しました。

これを機に、ITFツアーに専念。10月にITFフューチャーズのNigeria F1($10,000)、12月にはTurkey F51($10,000)に優勝し、2013年はITFフューチャーズの4大会に優勝しました。

この年、2013年にプロ転向。ランキングを303位まで大きくジャンプアップしました。

2014年

2014年はITFフューチャーズでも決勝止まりでなかなか結果が出ず、当時世界ランク243位で挑戦したウィンブルドンも予選一回戦で当時世界ランク130位のポール=アンリ・マチュー(フランス)に(5)6-7,1-6のストレート負けを喫し、グランドスラムデビューはほろ苦いものとなりました。

7月にはウマグ(クロアチア)で開催されたクロアチア・オープン(ATP250:アウトドア・クレー)にワイルドカード(主催者推薦枠)で出場し、準々決勝で当時世界ランク20位のファビオ・フォニーニ(イタリア)と対戦、7-5,(4)6-7,3-6のフルセットで惜敗しました。

その後のUSオープンでは、予選三回戦を勝ち進み、ビクトル・エストレーリャ=ブルゴス(ドミニカ)の二回戦まで進みました。

9月にイズミル(トルコ)で開催されたIzmir Cup(チャレンジャー:アウトドア・ハード)でチャレンジャーツアー初優勝を飾り、タシュケント(ウズベキスタン)で開催された次のTashkent Challenger(チャレンジャー:アウトドア・ハード)も準決勝進出。

その勢いのままに、10月にバーゼル(スイス)で開催されたスイス室内(ATP500:インドア・ハード)に出場。準々決勝で当時世界ランク3位のラファエル・ナダル(スペイン)を6-2,7-6(4)で破る大金星を挙げました。たしかにナダルは右手首の故障明け、さらに虫垂炎の影響で決して普段と同じ状況とはいえませんでしたが、それでも当時世界ランク124位、17歳のコリッチが勝つのは難しいだろうと考えられていましたので、この勝利で若手の注目株として大きく注目されるようになりました。

2014年はランキングを102位までランクアップし、シーズンを終了しました。

2015年

2015年はチェンナイ・オープン二回戦、ASBクラシック一回戦を経て、オーストラリアン・オープンに出場、一回戦で当時世界ランク31位のジェレミー・シャルディ(フランス)に6-3,4-6,5-7,4-6の逆転負けを喫する。

2月にドバイ(UAE)で開催されたドバイデューティーフリー・テニス選手権(ATP500:アウトドア・ハード)に予選から出場、予選二回戦で敗退しましたが、フィリップ・コールシュライバー(ドイツ)による出場辞退と、二回戦の当時世界ランク62位(元世界ランク8位)、マルコス・バグダティス(キプロス)が6-4,3-6,6-6(4-4)の時点で痙攣(けいれん)のため棄権するというラッキーな出来事もあり、三回戦まで勝ち上がりました。ただし、準々決勝は当時世界ランク3位、ビック4の一角であるアンディ・マレー(イギリス)です。おまけに2015年のマレーは、10勝2敗と好調を保っていて、前回のナダルとは違います。

ところが、そのマレーをチョリッチは6-1,6-3のストレートで、それもマレーに一度もブレークポイントを与えずに勝ってしまうという大どんでん返しをしてしまいます。たしかにマレーのスタッツも、ファーストサーブ得点率が59%、セカンドサーブ得点率が37%、アンフォースド・エラー(凡ミス)が55本とボロボロでした。それでも普通の選手だったら、ビッグ4のマレーに勝てるかもしれない、という欲が出てしまい、通常のプレーができなくなってしまうということが往々にしてありますから、普段通りのテニスをしたチョリッチは並の選手ではないと言わざるを得ません。

準決勝の当時世界ランク2位、テニス史上最強と呼び声高いロジャー・フェデラー(スイス)には2-6,1-6と一蹴されましたが、18歳の時点で、ビッグ4の内の2人から勝利したということで、さらに注目を浴びるようになりました。

5月にはニース(フランス)で開催されたニースコートダジュールオープン(ATP250:アウトドア・クレー)に出場し、当時世界ランク24位のレオナルド・メイヤーと対戦、4-6,3-6とストレートで敗退しましたが、準決勝まで進出しました。つづく全仏オープンでは、一回戦でサム・クエリー(USA:当時世界ランク38位)、二回戦でクレー巧者のトミー・ロブレド(スペイン:当時世界ランク19位)を破って三回戦に進出。三回戦では当時世界ランク37位のジャック・ソック(USA)と対戦、2-6,1-6,4-6とストレート負けを喫しました。

ウィンブルドンでは、一回戦で当時世界ランク49位のセルジー・スタコフスキ(ウクライナ)と対戦。4-6,7-6(5),6-2,1-6,9-7のフルセットの激闘を制しましたが、二回戦の当時世界ランク27位、アンドレアス・セッピ(イタリア)との対戦でも6-4,4-6,7-6(3),1-6,1-6とフルセットになり、最後はスタミナ切れという感じの敗戦を喫しました。

7月にはウマグ(クロアチア)で開催されたクロアチア・オープン(ATP250:アウトドア・クレー)に二年連続で出場し、当時世界ランク22位のロベルト・バウティスタ・アグート(スペイン)に3-6,3-6でストレート負けをしましたが、2014年と同じ準々決勝まで勝ち上がりましたので、見事に去年獲得したポイントをディフェンドしました。

8月にウィンストン・セーラム(USA)で開催されたウィンストン・セーラム・オープン(ATP250:アウトドア・ハード)で準々決勝に進出、このままの勢いでUSオープンに繋げたいところでしたが、当時世界ランク8位のラファエル・ナダル(スペイン)と当たり、3-6,2-6,6-4,4-6と一回戦で敗退。

その後、チャレンジャー、デビスカップを挟んで、10月の楽天ジャパン・オープンに出場。一回戦で当時世界ランク6位、大会第2シードの錦織圭と対戦、6-2,1-6,2-6の逆転で敗退。

2015年は44位でシーズンを終了。TOP100への定着を印象づけたシーズンとなりました。

2016年

2016年は2015年と同じくチェンナイ(インド)で開催されたチェンナイ・オープン(ATP250:アウトドア・ハード)からスタート。決勝で当時世界ランク4位、大会第1シードのスタン・バブリンカ(スイス)と対戦し、3-6,5-7のストレートで破れて準優勝。

全豪オープンは、当時世界ランク61位のアルベルト・ラモス=ビニョラス(スペイン)と対戦。2-6,2-6,3-6のストレート負けで一回戦敗退となりました。

年度別成績(2016年2月25日現在)

世界ランクATPCHALLENGERITF
201283733
20138090222388
201413676169124
201583262850
20164455
通算成績384123115315

タイトル

ATPワールドツアー

  • なし

チャレンジャーツアー

2014年

  • Izmir Cup(トルコ:アウトドア・ハード)

2015年

  • Claro Open Barranquillah(コロンビア:アウトドア・クレー)

短評

若手選手の中での守備力は、チョリッチ自身が言うように抜きん出ている。また深い場所へコントロールするストローク力もしっかりしているので、現時点では球足の遅いコートのが戦いやすいでしょう。キリオスほどの爆発力はありませんが、ツアーに慣れてこれば安定感も増してくるはずですので、成績的にはキリオスより安定しそうです。

課題は攻撃力となりますが、将来のTOP10は揺るぎないと思います。ただし、リオ五輪までの成長力ではメダルに届きそうにありません。ブレークするのは早くても2017年というところでしょう。

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