アンドレイ・ルブレフ(Andrey Rublev)

アンドレイ・ルブレフ(Andrey Rublev)は、現在18歳。顔はまだあどけないし、まるでマッチ棒のように細い体格をしているけど、2015年には17歳で世界ランク329位当時、元世界ランク7位(対戦時は世界ランク37位)のフェルナンド・ベルダスコ(スペイン)を痙攣しながらも相手のホームであるスペインでストレート勝ちするという強烈なインパクトを放ちました。ポテンシャルの高さを感じます。

現時点では、これといった特徴を感じませんが、正確でミスが少なく思い切りのよいストロークが持ち味でしょうか。試合中のふてぶてしい態度が印象的です。メンタルは比較的高いと思います。

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プロフィール

国籍ロシア
生年月日1997.10.20
プロ転向年2014年
身長188cm
体重65kg
出身地モスクワ
(ロシア)
居住地モスクワ
(ロシア)
利き手右手
バックハンド両手打ち

1997年10月20日、モスクワ(ロシア)で父は元プロボクサーで、現在は10店以上を経営するレストランオーナー、母はテニスコーチという家庭に生まれる。3歳からテニスを始め、最初はテニスコーチである母から教わっていました。

来歴

2011年

ジュニアとしてキャリアをスタート。

8月にフェニックス(モーリシャス)で開催されたモーリシャス・オープン(Grade 5:アウトドア・ハード)の優勝を、キャリア2大会目で達成。G5ながらもITFジュニアツアー初制覇。

2012年

2月にコペンハーゲン(デンマーク)で開催されたITFコペンハーゲン・ウィンター・カップ(Grade 4:インドア・ハード)に出場し、ダブルス初優勝を達成する。

8月にブダエルシュ(ハンガリー)で開催されたブダエルシュ・カップ(Grade 2:アウトドア・クレー)のダブルス優勝。

2013年

2月にポチェフストルーム(南アフリカ)で開催されたNWU PUKKE/RVTA Junior ITF 1(Grade 2:アウトドア・ハード)でシングルス初優勝。

3月にナマンガン(ウズベキスタン)で開催された17th Namangan ITF Juniors(Grade 3:アウトドア・ハード)ではシングルス準優勝、ダブルス優勝を達成。

6月にはオッフェンバッハ(ドイツ)で開催された21st International Junior Tournament of Offenbach(Grade 1:アウトドア・クレー)でダブルス優勝。

9月に開催されたUSオープン・ジュニアにジュニアグランドスラム・シングルス初出場。一回戦でチョン・ヒョン(韓国)に6-4,6-4で勝利したものの、二回戦でクエンティン・ハリーズ(フランス)に4-6,6-4,1-6のフルセットで敗退する。

さらに、15歳のルブレフは、この年からITFツアーにも本格的に参戦し、16歳になった11月にはU.S.A. F31($10,000シリーズ)でITFツアー初優勝を達成し、2013年シーズンは16歳ながら、651位で終了しました。

2014年

1月の全豪オープン・ジュニア準々決勝で敗退しましたが、3月にウマグ(クロアチア)で開催された30th Perin Memorial(Grade 1:アウトドア・クレー)、4月にビリエナ(スペイン)で開催されたTrofeo Juan Carlos Ferrero(Grade 1:アウトドア・クレー)のダブルスで連続優勝を飾りました。

その後、ミラノ(イタリア)で開催された55° Trofeo Bonfiglio(Grade A:アウトドア・クレー)ではシングルスで優勝。その勢いのままに、つづく全仏オープン・ジュニア(Grade A:アウトドア・クレー)で優勝を飾りました。

引き続きローハンプトン(イギリス)で開催されたNike Junior International Roehampton(Grade 1:グラスコート)でも優勝を飾りましたが、ウィンブルドン・ジュニア(Grade A:グラスコート)は3回戦で敗退しました。

9月のUSオープン・ジュニア(Grade A:アウトドア・ハード)では、三回戦でテイラー・フリッツ(USA)に、6-4,6-0で完勝しましたが、準々決勝でフランシス・ティアフォー(アメリカ)に1-6,7-5,4-6のフルセットで惜敗しました。

その後、11月にメキシコ・シティ(メキシコ)で開催されたIII Abierto Juvenil Mexicano(Grade A:アウトドア・クレー)のダブルスで優勝しましたが、これが最後のジュニアタイトルとなりました。

ITFツアーでは3大会(すべてハードコート)で優勝を飾り、2014年は437位でシーズンを終了しました。

2015年

2015年からはジュニアツアーには一切参加せず、ITFツアーに専念し始めました。

最初に選んだのは、2月にテキサス州ダラス(USA)で開催されたチャレンジャーツアーのThe RBC Tennis Championships of Dallasです。当時世界ランク437位のルブレフは予選三試合を勝ち抜いてラジーブ・ラムの準々決勝(6-3,2-6,5-7)まで勝ち進みました。

つづくデルレイビーチ・オープン(ATP250:アウトドア・ハード)ではワイルドカード(主催者推薦枠)で出場し、一回戦で当時世界ランク90位のデュディ・セラ(イスラエル)を6-4,1-6,6-3で破ります。二回戦では当時世界ランク42位のスティーブ・ジョンソン(USA)に3-6,3-6のストレートで破れましたが、一回戦で破ったドゥディ・セラはTOP100の常連選手です。この勝利でルブレフの才能の一端を見せることになりました。

3月のマイアミ・マスターズでも当時世界ランク389位ながらもワイルドカード(主催者推薦枠)で出場することになったルブレフは、ここでもあふれる実力を見せることになります。一回戦で当時世界ランク54位のパブロ・カレーニョ・ブスタ(スペイン)を1-6,6-1,6-4の逆転で破りました。

そして、4月にはさらにテニスファンを驚かせることになります。バルセロナ・オープン・バンコサバデル(ATP500:アウトドア・クレー)の予選を勝ち上がって本戦に出場、一回戦の相手は元世界ランク7位(対戦当時世界ランク37位)のフェルナンド・ベルダスコ(スペイン)という強豪でした。TOP100常連のスペイン人選手は総じてクレー巧者で、特にベルダスコは、クレーキングのラファエル・ナダルとも死闘を演じたことがある実力者です。今まで倒してきたTOP100選手に比べるとかなり強力度が増しています。おまけに試合会場はバルセロナ、ということはスペインなのでベルダスコのホームです。ベルダスコとしても、負けるわけにはいきません。

試合当初のベルタスコはかなり余裕のある感じで試合をしていました。そう、相手の実力を探っている感じのストローク戦を展開していたように見えました。まるでマッチ棒のようなひょろ長い体型のルブレフですが、ベルダスコの力強いショットをミスなく、そして深く返していきます。ベルダスコに焦りは感じませんが、それでもミスが増えていきます。

結局、獲らなければならなかったファースト・セットのタイブレークを落とし、セカンド・セットも先にブレークされる厳しい展開。この日のベルダスコはとにかくミスが多く、特にセカンドサーブ得点率が26%という致命的なスタッツ。対するルブレフはファーストサーブ得点率74%、セカンドサーブ得点率63%と自分のサービスゲームをしっかりキープできる展開を作っていました。特に、セカンドセットはブレークポイントを1回しか与えないほぼ完璧な試合運び。試合終盤に痙攣(けいれん)をしかけていましたが、それでも勝負に対する執念はスゴいものを感じました。結果、7-6(4),6-3のストレート勝ち。

今までTOP100選手をアップセットしてきましたが、ベルダスコを破ったことで、アンドレイ・ルブレフの実力が本物であることを知らしめることになりました。

世界ランク198位で迎えた2015年のUSオープンは、予選三試合を勝ち抜いて本戦進出。一回戦は当時世界ランク14位のケビン・アンダーソン(南アフリカ)と対戦。(1)6-7,7-6(5),5-7,3-6で敗れたものの、格上のケビン・アンダーソンをかなり苦しめました。ただ、やはり体ができていない影響なのか、4セット目に入るとプレーレベルが落ちてきていました。

437位で迎えたシーズンでしたが、最終的には185位で終了しました。

2016年

1月にチェンナイ(インド)で開催されたエアセル チェンナイ・オープン(ATP250:アウトドア・ハード)にワイルドカード(主催者推薦枠)で出場、一回戦で当時世界ランク177位のソムデブ・デバーマン(インド)と対戦し、6-3 3-6 6-3で勝利。次の二回戦では当時世界ランク4位、第一シードのスタン・バブリンカと対戦、3-6,2-6と完敗。

その後、3戦するも1度も勝てていません(チャレンジャー一回戦敗退、ATPツアー予選一回戦敗退2回)

年度別成績(2016年2月25日現在)

世界ランクATPCHALLENGERITF
201365101144
20144371102257
201518581357
20162101101
通算成績10155113911

タイトル

ATPワールドツアー

  • なし

チャレンジャーツアー

  • なし

短評

188cmで65kgしか体重がなく、アスリートとしては明らかに線の細さが気になります。それでも自分の力が出せたときには、世界ランク上位選手とも対等以上の試合ができるだけの能力は見せていますので、まずはプロテニスプレーヤーとしてのカダラづくりが優先されます。今の体では、5セットマッチでは確実にスタミナが切れますし、ツアーを一年間回り続けるだけの体力も持ち合わせていないでしょう。まだ2016年シーズンは始まったばかりですが、最近、うまくいっていないのは体力面も影響していると考えられます。

どう頑張ってもリオ五輪には間に合わないでしょうが、2020年の東京オリンピックを22歳、現在、開催地は決まっていませんが、2024年のオリンピックには26歳という油の乗り切った時期に迎えることができます。将来が十分期待できる大器ですので、焦ることなく目の前の課題をひとつひとつクリアして、素晴らしいテニスプレイヤーに育って欲しいです。

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